ゴロタの blog-memo  

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2018.03.09 Friday

バッタンバン(Battambang) 4遺跡(Basat,Ek Phnom,Sneang,Banan)を一日でまわる。

初めてのバッタンバン  宿泊は"Lucky Hostel" ここから、バセット(Basat),エク・プノン(Ek Phnom),スネアン(Sneang),バナン(Banan) 4遺跡を一日で回ろう、という計画。

宿の前に不思議な車があるので、スタッフに「これはTAXI?」と聞くと、中でビリヤードをしている男を呼んだ。

出てきた男に「一日で4寺院 全部回れる?」と聞くと。 大丈夫だ! と言う。

値段交渉は、80ドルを55ドルまで、値切って成立、かなり無理がある筈なので、ほどほどにしておく。


日本の軽自動車を改造したようで、トヨタのマークが付いているが、トヨタの訳は無い (^0^)

スバル VIVIO RX-R かなぁ?

今回の問題は、4遺跡は町から放射状に位置して、問題は、Suneang と Banang この二つは、距離がある上に、直接行くのが難しく、一度 街にもどってから、出直さなくてはならないが、乾季なら、バイクなら行けると思って、当初バイタクを考えたが、この人に頼むことにした。

結果は、4遺跡を1日で回れたが、かなりハードで、街にもどって車から降りたときには、首が痛くて、しばらく上を向けなくなった。

※Lucky Hostel:建物は新しくは無いですが、 部屋、シャワーがすごく綺麗、バルコニー付き14ドル/日 お勧めです。

2018年02月26日に泊まりました。

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2017.01.05 Thursday

年末のカンボジア

12月24日からカンボジアに行きました。 メジャーな遺跡はしばらくご無沙汰でしたが、久々にアンコール・ワット、バイヨンなどにも行きました。 クリスマスもあってか人が多かったです。 南門は大渋滞

 

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2016.11.06 Sunday

Beng Mealea

初めて行った時はまだ北側半分は地雷の撤去中で立ち入り禁止、2回目は北参道側が撤去終了、3回目に自由に歩けるようになっていた。

東参道を聖池まで歩いて見た。創建当時はの賑やかさを想像して歩いた。
現在参道の左右は藪になっているけど、昔は家が建ち並んで、参道を行きかう人でいろいろな音が響いていた・・・かな。

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2015.10.26 Monday

アンコール・ワットの階段

カンボジアに初めて行っ頃、アンコールワットの階段は一ヶ所だけに手摺があって、直接石段を踏んで上り下りが許されていた。高いところの苦手な私は非常な恐怖を感じながら登り、降りた。
その時思ったのは、王(ソリア・ヴァルマン)は足元も見ずに平然として居並ぶ民衆の元へkの階段を降りていったのだらろうなぁと思った。





Stairs was so steep angle it was very scared.
I Imagined at that time ・・・

The king no see the foot , he keep raising the face.
Go down the stairs smoothly just like a who walk down  gentle slope.
The king  must be so.




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2015.02.03 Tuesday

プノン・クロムのNavagraha 九曜

 Navagraha:九曜 のレリーフは博物館以外で見たのは多分プノン・クロムのものだけかも知れない。残念ながらほとんど絵が見えない。

神々の並び順がインドラが中央で
Surya,Chandra,Yama,Varuna,Indra,Kubera,Agni,Rahu,Ketu
と決まっていたとしたら・・・


 博物館(Siem Reap)のものと無理やり当てはめると、なんとなく合致して、同じデザインだったのでは無いかなと思えました。

Angkor National Museum
from left to right;
Surya,Chandra,Yama,Varuna,Indra,Kubera,Agni,Rahu,Ketu

”Bangkok National Museum"
並ぶ順番はまったく同じ。

 インドでもまったく同じ並び順の場合もあるが、中央にヴィシュヌが来ると大きく変わるようで、立像のみの場合ほとんだ見分けられない。
 カンボジアにもビシュヌが中央のものがあるのかは不明。

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2014.10.04 Saturday

Preah Pithu の記号

 個人的に謎の多いPreah Pithu 。
 五つの祠堂に、T、U、X、V、Yの記号で呼ばれています。
 名前が無いからアルファべトを付けたとは思いましたが、何で、A、B、C、D、E じゃ無いのかなとか・・・

 Gallica のサイトで地図が見つかりました。フランス統治時代 極東学院の初期の地図らしい(?)のですが、プラサート・スールプラ、南北クレアン、プリア・ピトゥのエリア内を一つのグループとして小文字のアルファベットが付けられています。
 現在のN1がa(?)でN2がc、ややランダムにアルファベットが割り当てられていたようです。
 「w」はどこだろう・・・?

 バプー・オン、ピミアナカ、テップ・プラナム、王宮跡のエリアは大文字のアルファベットが割り当てられていたようです。

Gallica: http://gallica.bnf.fr


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2013.09.28 Saturday

プノン・バケンとアンコール・ワット

 プノンバケンの上から眺めると、アンコールワットの中央塔と北西塔は重なって見えます。

 写真は北よりから写したので少しずれています。


 プノン・バケンの中央祠堂から見て、南東の延長線上にアンコールワットの中央祠堂があります。
 アンコール・ワットを建立するにあたって、プノン・バケンを基準点としたこの角度は、なにか意味がある筈です。

 東向きのプノンバケン、西向きのアンコールワットもこうしてみると、向かい合わせのようにも見えます。


 たとえば・・・

 方位神で言うと南東の神は、アグニです。
 アンコールワットはヴィシュヌ神に捧げられた寺院ですが、リグ・ヴェーダの賛歌に、アグニをさして「・・あなた(アグニ神)は崇敬さるべき、闊歩するヴィシュヌ・・」とあるそうです。(wikipedia)

 アグニは地上において火の神、天上では太陽(神)だそうです。  
 三界を闊歩するヴィシュヌ(Trivikrama)は、太陽の運行の神格化と言いますので、スーリヤ・ヴァルマン2世の名もあわせて、なんとなくその辺がこの方位の意味に思えます。 
 
 プノン・バケンはシヴァ神に捧げられていますので、あとブラフマーが見つかれば、トリムルティーになったりして、とかも思ってみたり・・・。 

などなど と妄想を楽しみます。

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2013.06.11 Tuesday

アンコールワット 第一回廊 北面

評価の低い第一回廊北面のレリーフ

アユタヤ朝(タイ)の度重なる攻撃で1431年クメール王朝はアンコールを放棄。
1546年アン・チャン一世により未完成だった第一回廊北面と東面一部にレリーフが施されたそうです。評価は今ひとつで、訪れる人も少ないのですが・・・。

skanda
乗り物(孔雀)から、シヴァ神の息子のスカンダでは無いかと思います。北面

rama
ビシュヌの化身 ラーマです。ハヌマーンの肩の上に乗っています。西面

 スカンダは北面で「神々と阿修羅の戦い」。ラーマは西面で「ラーマーヤナ物語」のレリーフです。
 詳しい人が見れば一目瞭然の差があるのかも知れませんが、素人の私にはどちらも素晴らしく、それほど差が無いように思えてしまいます。

 ただ、北面のかなりの部分はこんな感じです。

これはこれでとても面白いと思うのですが、西面、南面のレリーフと比べると、かなり見劣りします。

 疑問: なぜ 北面のレリーフは、部分によって極端なほどに出来栄えに差があるのか?
 次々に石造寺院が建造されたアンコール朝全盛期の技術は失われていた。腕の良い彫工は少なく、「巨匠」みたいな人の手がけた部分だけは素晴らしいが、弟子や後継者は居なかった、ということでしょうか。 

 妄想: ひょっとして・・・
 アン・チャン一世が訪れた頃、北面は全くの手付かずではなく、一部に創建当時のレリーフがあった。と言うことは無いでしょうか?
 それ以外のほとんどの空白部分を16世紀の彫工達が手がけたと言う可能性は・・・ 無いかなぁ。

※レリーフの出来不出来に関係ない部分で
 北面のレリーフはマハーバーラタや、ラーマーヤナなどのように、ストーリー性が無い。
 訪れる人が少ないためか手垢がついていないので、絵が良く見えない。
 北面はあまり日が当たらないので、夕日に映えるとか、太陽の動きにつれて雰囲気が変わる。
 などドラマチックな要素にかける事もあると思いました。

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2013.05.08 Wednesday

バンテアイ・クデイ デヴァター  Devata、Banteay Kdei


バンテアイ・クデイ デヴァター 
Devata、Banteay Kdei

 足もとに人が居るのは、この女性は神仏か高貴な人だと言うことを意味していると思う。
 左右の手がフレームの外に出ていたり、左のものと比べると、彫が深く丁寧仕上げられている。
 デヴァターにはそれぞれに実在のモデルが居たと言う話がある。
 ジャヤヴァルマン7世の妻、ジャヤラージャ・デヴィ王妃は、実在の人物を神仏になぞらえ神格化した彫像をいたる処に作った。※と言う事が碑文にあるそうで、これもその一つでは無いかと妄想。

 このデヴァターはSさんが以前Facebookに画像を載せていたもので、強く印象に残った。
 入るときに「見つかるまで出てこない」とBun Thy さんに言うと、彼の友人(APSARAの職員)に、場所を電話で聞いてくれた。自分で見つけて「これか〜!」と言うのも期待してたんだけどね。
 今回携帯電話は私の遺跡巡りの効率を飛躍的に変えました。
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※「アンコール遺跡」:ジョルジュ・セデス著

2013.03.25 Monday

タネイのレリーフ 2    Ta Nei



 このレリーフは「Images of the Gods」には、単に "Jātaka" とのみあって、ジャータカのどの場面とかは解説がありません。

 中央の人物はおそらく仏陀で、涅槃に入り、鳥の形の船にのり仏の世界に行く。のでは無いかと「妄想」します。下段左の動物達もうなだれているように私には思えます。
 鳥の形の船は、古代インドシナ半島では死者の霊魂を冥界に送るための船と考えられているそうです。
 昨年10月に逝去されたシアヌーク前国王陛下の葬儀のニュースでも鳥の船の形の乗り物は見られ、おそらくご遺体を運ぶためのものと思われました。翌年発行された1000リエル紙幣にもそれが印刷されています。


 これはなんだか解りませんが面白いので撮りました。
 この図も仏教に関連しているかも知れません。理由は「蓮の花を引き抜く女(神)」の絵を何か(仏教の)でみたのですが、そのイメージとかさなります。が何でみたのか思い出せません。
 見ようによっては蓮の花を抜いているように見えるような、見えないような。(^o^;

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[Preah Neang Kong Hing] 
Face Book  :Angkor Living History & Culture

アンコールワットの時代 ブリュノ・ダジャンス

アンコールワット 樋口英夫

Images of the Gods   : Vittorio Roveda



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