ゴロタの blog-memo  

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2013.06.11 Tuesday

アンコールワット 第一回廊 北面

評価の低い第一回廊北面のレリーフ

アユタヤ朝(タイ)の度重なる攻撃で1431年クメール王朝はアンコールを放棄。
1546年アン・チャン一世により未完成だった第一回廊北面と東面一部にレリーフが施されたそうです。評価は今ひとつで、訪れる人も少ないのですが・・・。

skanda
乗り物(孔雀)から、シヴァ神の息子のスカンダでは無いかと思います。北面

rama
ビシュヌの化身 ラーマです。ハヌマーンの肩の上に乗っています。西面

 スカンダは北面で「神々と阿修羅の戦い」。ラーマは西面で「ラーマーヤナ物語」のレリーフです。
 詳しい人が見れば一目瞭然の差があるのかも知れませんが、素人の私にはどちらも素晴らしく、それほど差が無いように思えてしまいます。

 ただ、北面のかなりの部分はこんな感じです。

これはこれでとても面白いと思うのですが、西面、南面のレリーフと比べると、かなり見劣りします。

 疑問: なぜ 北面のレリーフは、部分によって極端なほどに出来栄えに差があるのか?
 次々に石造寺院が建造されたアンコール朝全盛期の技術は失われていた。腕の良い彫工は少なく、「巨匠」みたいな人の手がけた部分だけは素晴らしいが、弟子や後継者は居なかった、ということでしょうか。 

 妄想: ひょっとして・・・
 アン・チャン一世が訪れた頃、北面は全くの手付かずではなく、一部に創建当時のレリーフがあった。と言うことは無いでしょうか?
 それ以外のほとんどの空白部分を16世紀の彫工達が手がけたと言う可能性は・・・ 無いかなぁ。

※レリーフの出来不出来に関係ない部分で
 北面のレリーフはマハーバーラタや、ラーマーヤナなどのように、ストーリー性が無い。
 訪れる人が少ないためか手垢がついていないので、絵が良く見えない。
 北面はあまり日が当たらないので、夕日に映えるとか、太陽の動きにつれて雰囲気が変わる。
 などドラマチックな要素にかける事もあると思いました。

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